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日付: 2022年9月8日

多様性との共存を考える4 村田沙耶香「コンビニ人間」書評

古倉恵子、コンビニバイト歴18年。彼氏なしの36歳。日々コンビニ食を食べ、夢の中でもレジを打ち、「店員」でいるときのみ世界の歯車になれる。

ポリフォニーの田上です。本日は最近読んだ本の書評です。

この本は芥川賞の受賞作で、多くの書店に並んでいる本です。

主人公である古倉さんは幼少期から周りとの感覚のズレを指摘されて生きてきました。自分の目線で判断し、行動したことで周りを驚かせ困らせてしまい、その感覚はどうすれば「治る」のかと両親が心配してカウンセリングにつれていくも何も変わらず、「治らなくては」と思いながらも日常は流れていきます。結果、余計なことを口にしないという生き方に変え、できるだけ周りに合わせて生きることに。そんな姿に周りが安堵している様子を見て、これが正解なのかと理解します。

それなのに、年齢を重ねるにつれ今度は変化をしないことに関して周りに言い訳が必要になってくるのです。要は、コンビニバイトを続けることに理由が必要となっていきます。周りを納得させるために都合の良い事実を作るために選ぶ人生の選択を軸に、古倉さんは自分にとって最適な生き方を再認識していくという話です。

私は古倉さんの仕事観にとても共感しました。必要とされている行動の方向性がわかりやすいから仕事してるときって息がしやすいんですよね。それに比べて生活の成り立ちは本当に複雑です。どんな仕事を選ぶか、友達とどう付き合うか、誰と暮らすか、どこにお金を使うかなど…。

世間の正解の範囲のような枠があってその中で生きることが求められているような気がしてきてしまい、そんなバランス感覚の良くない私はその枠に収まって周りを安心させて生きたい気持ちと、周りを気にせず好き放題生きたい気持ちを行ったり来たり迷いながら進路を選んできました。その点、古倉さんは周りからの評価に対する感情の浮き沈みはなく、どうすればいいか考えて淡々と行動していきます。そんな姿が力強く、何だか勇気をもらえます。

読んだ方がどう感じたのか気になってブックレビューを調べてみるとおもしろいぐらいに「普通とはなにかと考えさせられた」の文字が並んでいます。普通側の人たちがこの本を読むとそう感じるのか。周りの感覚に合わせることを頑張ってきた側の私としては、世間の普通に合わせる試行錯誤が普通じゃないもので、その姿は誰かにとっては何かを考えさせられるものだと理解できなかったのです。本の中に出てくる普通側とそれに適合しようと頑張る側の構造が感想文によって現実でも炙り出されるとは思わず苦笑いしてしまいました。

いろんなバランスをとってなんとか作る古倉さんの「今日」を見て周りが何を考えさせられるも勝手ですが、人が評価する資格なんて本当にあるのかと思うのです。古倉さんの天職であるコンビニバイトのように、なぜか世間にその職業につく理由を求められ、でも理由なんてなくその人なりのバランスがとれた場所というのはたくさんあるのだと思います。その場所で息をすることを阻む多くのしがらみから解放されることを願ってしまいます。

田上(ポリフォニー・社会福祉士)